2011.08.22 Monday
結婚記念日なので洞爺湖に遊びに行ってきました。
遊覧船エスポアール号を始め(よりによってその名前っていうのがnice boatすぎて・・・限定じゃんけんとかやられるんですよね・・・きっと・・・w)、昭和を感じる観光資源がいろいろとある洞爺湖周辺ですが、今回は火山関係が面白そうだったので色々と見てきました。
有珠山が2000年に噴火したことは道民ならずとも記憶に新しいと思うのですが、噴火が収まった後「(温泉の)湯温が上がり、湯量も増えています!」とポジティブすぎるアピールで大復活した洞爺湖温泉街。
彼らの出した復興計画書には「温泉街東側を観光資源として整備」とありました。
つまり、温泉街から徒歩で行けるような近くに開いてしまった火口や、(よりにもよって噴火時の避難道としてつくられていた)道道の真下に開いてしまった火口を見学することができるようになったんですね。
解説はこのあたりのサイトが詳しいかも。
施設を訪ねる「金比羅火口災害遺構・西山火口散策路」
ちょっとググっていただくと色々他にもサイトがありますよー。
「金比羅火口災害遺構」は最も温泉街の近くに開いた2つの火口とその周辺を散策できます。
この2つの火口はK-A火口とK-B火口という名前・・・ですが「有くん火口」「珠ちゃん火口」という通称で呼ばれています。なんでかわいいネーミングに・・・
(写真は有くん火口)
1977年の噴火の後、この辺りは砂防施設が整備されて、火山からの熱泥流の大半はあらかじめ作られていた流路工(熱泥流を安全に洞爺湖まで流すための溝)に流れ込んだのですが、残念ながらちょっとだけあふれてしまい、その熱泥流で1F部分が埋まってしまった建物とかも残されています。
「西山火口散策路」は旧国道230号や道道の真下に火口が数十個も開いてしまったエリアの展示です。地殻変動の隆起によってめちゃくちゃに破壊された建物や道路が残されていてとても見ごたえがあります。
散策路の北口側の始点です。写真がよくなくて申し訳ないのですが、左端のピンクの建物は旧国道230沿いに建つ消防署だったもので、もともとの地形は左から右に向かって下り坂だったらしいです。しかし地殻変動により右側のエリアはどんどん隆起して山になってしまい、この消防署の部分が相対的に一番低いところになって、水がたまって沼になってしまったらしいです。
「1977年火山遺構公園」は一つ前の1977年の噴火のときの地殻変動で破壊された病院を展示しています。
建物が大きいのでインパクトがありました。もうちょっと展示として解説文など整備されていればいいのですが、これからでしょうかね・・・
どれも温泉街のすぐ近くで、実際に街の一部だったものがそのまま遺構となっていますので、とても見ごたえがありました!
みなさんも是非洞爺に入った際はごらんになることをオススメします。どこも無料で見れますし!
遊覧船エスポアール号を始め(よりによってその名前っていうのがnice boatすぎて・・・限定じゃんけんとかやられるんですよね・・・きっと・・・w)、昭和を感じる観光資源がいろいろとある洞爺湖周辺ですが、今回は火山関係が面白そうだったので色々と見てきました。
有珠山が2000年に噴火したことは道民ならずとも記憶に新しいと思うのですが、噴火が収まった後「(温泉の)湯温が上がり、湯量も増えています!」とポジティブすぎるアピールで大復活した洞爺湖温泉街。
彼らの出した復興計画書には「温泉街東側を観光資源として整備」とありました。
つまり、温泉街から徒歩で行けるような近くに開いてしまった火口や、(よりにもよって噴火時の避難道としてつくられていた)道道の真下に開いてしまった火口を見学することができるようになったんですね。
解説はこのあたりのサイトが詳しいかも。
施設を訪ねる「金比羅火口災害遺構・西山火口散策路」
ちょっとググっていただくと色々他にもサイトがありますよー。
「金比羅火口災害遺構」は最も温泉街の近くに開いた2つの火口とその周辺を散策できます。
この2つの火口はK-A火口とK-B火口という名前・・・ですが「有くん火口」「珠ちゃん火口」という通称で呼ばれています。なんでかわいいネーミングに・・・
(写真は有くん火口)
1977年の噴火の後、この辺りは砂防施設が整備されて、火山からの熱泥流の大半はあらかじめ作られていた流路工(熱泥流を安全に洞爺湖まで流すための溝)に流れ込んだのですが、残念ながらちょっとだけあふれてしまい、その熱泥流で1F部分が埋まってしまった建物とかも残されています。
「西山火口散策路」は旧国道230号や道道の真下に火口が数十個も開いてしまったエリアの展示です。地殻変動の隆起によってめちゃくちゃに破壊された建物や道路が残されていてとても見ごたえがあります。
散策路の北口側の始点です。写真がよくなくて申し訳ないのですが、左端のピンクの建物は旧国道230沿いに建つ消防署だったもので、もともとの地形は左から右に向かって下り坂だったらしいです。しかし地殻変動により右側のエリアはどんどん隆起して山になってしまい、この消防署の部分が相対的に一番低いところになって、水がたまって沼になってしまったらしいです。
「1977年火山遺構公園」は一つ前の1977年の噴火のときの地殻変動で破壊された病院を展示しています。
建物が大きいのでインパクトがありました。もうちょっと展示として解説文など整備されていればいいのですが、これからでしょうかね・・・
どれも温泉街のすぐ近くで、実際に街の一部だったものがそのまま遺構となっていますので、とても見ごたえがありました!
みなさんも是非洞爺に入った際はごらんになることをオススメします。どこも無料で見れますし!